cow(かう)

佐渡 赤玉石

佐渡 赤玉石 1.42㎏ 1aeb008

赤玉石は佐渡市赤玉地区にしか産出されない赤い石の呼称です。 弥生時代に管玉、勾玉として加工(佐渡市新穂玉作遺跡)された赤玉石が北海道や九州の遺跡から出土しています。 また、江戸時代の初め佐渡奉行によって江戸城へ献上された赤玉石は吹上のお庭(火除明地)に据えられました。 このように古来より魔除けや吉祥をつかさどる縁起石として重宝されてきた赤玉石ですが1984年の赤玉地区棚田基盤整備完工に伴い、産出できなくなりました。 尚、江戸城の赤玉石は皇居・連翠の北庭に移され、Googleマップ航空写真で確認できます。
佐渡 赤玉石

佐渡 赤玉石 0.89㎏ 1aeb007

赤玉石は佐渡市赤玉地区にしか産出されない赤い石の呼称です。 弥生時代に管玉、勾玉として加工(佐渡市新穂玉作遺跡)された赤玉石が北海道や九州の遺跡から出土しています。 また、江戸時代の初め佐渡奉行によって江戸城へ献上された赤玉石は吹上のお庭(火除明地)に据えられました。 このように古来より魔除けや吉祥をつかさどる縁起石として重宝されてきた赤玉石ですが1984年の赤玉地区棚田基盤整備完工に伴い、産出できなくなりました。 尚、江戸城の赤玉石は皇居・連翠の北庭に移され、Googleマップ航空写真で確認できます。
佐渡 赤玉石

佐渡 赤玉石 1.75㎏ 1aeb006

赤玉石は佐渡市赤玉地区にしか産出されない赤い石の呼称です。 弥生時代に管玉、勾玉として加工(佐渡市新穂玉作遺跡)された赤玉石が北海道や九州の遺跡から出土しています。 また、江戸時代の初め佐渡奉行によって江戸城へ献上された赤玉石は吹上のお庭(火除明地)に据えられました。 このように古来より魔除けや吉祥をつかさどる縁起石として重宝されてきた赤玉石ですが1984年の赤玉地区棚田基盤整備完工に伴い、産出できなくなりました。 尚、江戸城の赤玉石は皇居・連翠の北庭に移され、Googleマップ航空写真で確認できます。
佐渡 赤玉石

佐渡 赤玉石 1.4㎏ 1aeb005

赤玉石は佐渡市赤玉地区にしか産出されない赤い石の呼称です。 弥生時代に管玉、勾玉として加工(佐渡市新穂玉作遺跡)された赤玉石が北海道や九州の遺跡から出土しています。 また、江戸時代の初め佐渡奉行によって江戸城へ献上された赤玉石は吹上のお庭(火除明地)に据えられました。 このように古来より魔除けや吉祥をつかさどる縁起石として重宝されてきた赤玉石ですが1984年の赤玉地区棚田基盤整備完工に伴い、産出できなくなりました。 尚、江戸城の赤玉石は皇居・連翠の北庭に移され、Googleマップ航空写真で確認できます。
佐渡 赤玉石

佐渡 赤玉石 1.6㎏ 1aeb004

赤玉石は佐渡市赤玉地区にしか産出されない赤い石の呼称です。 弥生時代に管玉、勾玉として加工(佐渡市新穂玉作遺跡)された赤玉石が北海道や九州の遺跡から出土しています。 また、江戸時代の初め佐渡奉行によって江戸城へ献上された赤玉石は吹上のお庭(火除明地)に据えられました。 このように古来より魔除けや吉祥をつかさどる縁起石として重宝されてきた赤玉石ですが1984年の赤玉地区棚田基盤整備完工に伴い、産出できなくなりました。 尚、江戸城の赤玉石は皇居・連翠の北庭に移され、Googleマップ航空写真で確認できます。
佐渡 金鉱石

佐渡 金銀鉱石丸玉170Φ台付き 12.28㎏ 1akb016

 江戸時代は金銀を含む鉱石のことを「鏈(くさり)」や「鏈石(くさりいし)」と呼んでいました。  1737年(元文2)成立と思われる佐渡奉行所が作成した産物帳に「金銀石種類多シ」とあり、金石の名前が「カスゲ」など38種、銀石の名前が「白マサ」など54種あり、金銀合わせて92種の鉱石名が記されています。  また、1800年代の技術書といわれる相川郷土博物館所蔵の「金銀山大概書」に鉱石の品位を上中下の3種に分けた図があり、金は「カスケ筋鏈上」「カスケ中鏈」「カスケ下中」、銀は「白佂銀鏈上」「白佂中鏈」「白佂下中」とあります。  現存する鉱石は近代の産出で当時の“下中”と等しく、石英中に銀黒(ぎんぐろ)と呼ばれる黒い帯状の筋が入っており、さらに相川金銀山・鶴子銀山・新穂銀山の三鉱山の鉱石は同じに見え識別できません。
佐渡 金鉱石

佐渡 金銀鉱石 1.65㎏ 1aka015

 江戸時代は金銀を含む鉱石のことを「鏈(くさり)」や「鏈石(くさりいし)」と呼んでいました。  1737年(元文2)成立と思われる佐渡奉行所が作成した産物帳に「金銀石種類多シ」とあり、金石の名前が「カスゲ」など38種、銀石の名前が「白マサ」など54種あり、金銀合わせて92種の鉱石名が記されています。  また、1800年代の技術書といわれる相川郷土博物館所蔵の「金銀山大概書」に鉱石の品位を上中下の3種に分けた図があり、金は「カスケ筋鏈上」「カスケ中鏈」「カスケ下中」、銀は「白佂銀鏈上」「白佂中鏈」「白佂下中」とあります。  現存する鉱石は近代の産出で当時の“下中”と等しく、石英中に銀黒(ぎんぐろ)と呼ばれる黒い帯状の筋が入っており、さらに相川金銀山・鶴子銀山・新穂銀山の三鉱山の鉱石は同じに見え識別できません。
佐渡 金鉱石

佐渡 金銀鉱石 2.4㎏ 1akb014

 江戸時代は金銀を含む鉱石のことを「鏈(くさり)」や「鏈石(くさりいし)」と呼んでいました。  1737年(元文2)成立と思われる佐渡奉行所が作成した産物帳に「金銀石種類多シ」とあり、金石の名前が「カスゲ」など38種、銀石の名前が「白マサ」など54種あり、金銀合わせて92種の鉱石名が記されています。  また、1800年代の技術書といわれる相川郷土博物館所蔵の「金銀山大概書」に鉱石の品位を上中下の3種に分けた図があり、金は「カスケ筋鏈上」「カスケ中鏈」「カスケ下中」、銀は「白佂銀鏈上」「白佂中鏈」「白佂下中」とあります。  現存する鉱石は近代の産出で当時の“下中”と等しく、石英中に銀黒(ぎんぐろ)と呼ばれる黒い帯状の筋が入っており、さらに相川金銀山・鶴子銀山・新穂銀山の三鉱山の鉱石は同じに見え識別できません。
佐渡 金鉱石

佐渡 金銀鉱石 1.98㎏ 1akb013

 江戸時代は金銀を含む鉱石のことを「鏈(くさり)」や「鏈石(くさりいし)」と呼んでいました。  1737年(元文2)成立と思われる佐渡奉行所が作成した産物帳に「金銀石種類多シ」とあり、金石の名前が「カスゲ」など38種、銀石の名前が「白マサ」など54種あり、金銀合わせて92種の鉱石名が記されています。  また、1800年代の技術書といわれる相川郷土博物館所蔵の「金銀山大概書」に鉱石の品位を上中下の3種に分けた図があり、金は「カスケ筋鏈上」「カスケ中鏈」「カスケ下中」、銀は「白佂銀鏈上」「白佂中鏈」「白佂下中」とあります。  現存する鉱石は近代の産出で当時の“下中”と等しく、石英中に銀黒(ぎんぐろ)と呼ばれる黒い帯状の筋が入っており、さらに相川金銀山・鶴子銀山・新穂銀山の三鉱山の鉱石は同じに見え識別できません。
佐渡 金鉱石

佐渡 金銀鉱石 1.95㎏ 1akb010

 江戸時代は金銀を含む鉱石のことを「鏈(くさり)」や「鏈石(くさりいし)」と呼んでいました。  1737年(元文2)成立と思われる佐渡奉行所が作成した産物帳に「金銀石種類多シ」とあり、金石の名前が「カスゲ」など38種、銀石の名前が「白マサ」など54種あり、金銀合わせて92種の鉱石名が記されています。  また、1800年代の技術書といわれる相川郷土博物館所蔵の「金銀山大概書」に鉱石の品位を上中下の3種に分けた図があり、金は「カスケ筋鏈上」「カスケ中鏈」「カスケ下中」、銀は「白佂銀鏈上」「白佂中鏈」「白佂下中」とあります。  現存する鉱石は近代の産出で当時の“下中”と等しく、石英中に銀黒(ぎんぐろ)と呼ばれる黒い帯状の筋が入っており、さらに相川金銀山・鶴子銀山・新穂銀山の三鉱山の鉱石は同じに見え識別できません。